世界遺産、石見銀山
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世界遺産、石見銀山=(島根県大田市大森町にある為に大森銀山とも呼ばれる)2007年に世界遺産に登録されました。島根県大田市にある石見銀山龍源寺間歩(いわみぎんざんりゅうげんじまぶ)は正徳5年(1715)に開発されました。間歩(まぶ)とは坑道がある山の意味で、石見銀山といえばこの龍源寺間歩の場所を示します。江戸時代には開掘の長さが600mにも及ぶ大坑道で、良質の銀鉱石が沢山発掘されましたが、昭和18年(1943)に閉山され、228年の長き歴史に幕を下ろしました。当時の坑道作業は過酷を極め、粉塵の被害などで、体調を崩す坑夫が続出、多くの坑夫を必要としました。石見銀山が繁栄していた頃には、銀山七谷に坑夫たちの住居が13000軒もあり、唐人たちも住んでいた処から察すると、やはり坑夫の採掘がいかに大変であったか感じとれます。MENUへ

石見銀山の銀鉱石は16世紀?17世紀の間に大量に採掘され、小判などに加工されて毛利氏、大内氏、尼子氏、といった戦国大名や江戸幕府の財源として使われました。17世紀前半には石見銀山から採掘された銀の産出量は年間約1万貫(約38t)と推定され、世界の産出銀の約3分の1を占めていたそうです。当時、採掘された銀は佐摩村にあったことからサーマ銀=ソーマ銀と呼ばれ、朝鮮半島や中国〜ポルトガルやスペインなどにも広く知られていたようです。また、石見銀山初代奉行「大久保長安」の名前を付けたと言われる大久保間歩(おおくぼまぶ)は現在未公開ですが、いずれ観光ルートに入れば石見銀山の中で一番大きな銀坑道となります。大久保間歩は現在調査中との事。年中無休.アクセス=JR大田駅下車駅前バス停から約20分代官所前下車


日本の世界遺産:京都の文化財.京都府、滋賀県1994年12月登録/金閣寺、銀閣寺、東寺、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺、天龍寺、龍安寺、本願寺、二条城、上賀茂神社、下鴨神社奈良の文化財.奈良県1998年12月登録/春日大社、東大寺、興福寺、春日山原始林、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡日光の社寺.栃木県1999年12月登録/東照宮、輪王寺、二荒山神社原爆ドーム.広島県1996年12月登録厳島神社.広島県1996年12月登録白神山地.青森県、秋田県1993年12月登録屋久島.鹿児島県1993年12月登録知床.北海道2005年7月登録石見銀山.島根県2007年7月登録小笠原諸島(東京都)2011年6月登録.平泉(岩手県)2011年6月登録.法隆寺.法隆寺、法起寺/奈良県1993年12月登録姫路城.兵庫県1993年12月登録白川郷・五箇山岐阜県、富山県1995年12月登録沖縄琉球王国.沖縄県2000年12月登録/座喜味城跡、今帰仁城跡、勝連城跡、中城城跡 、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽紀伊山地2004年7月登録/吉野・大峯 、吉野山、吉野水分神社、金峯神社、金峯山寺、吉水神社、大峰山寺、熊野三山 、熊野本宮大社、速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺、那智大滝、那智原始林、補陀洛山寺 、高野山 、丹生都比売神社、金剛峯寺、慈尊院、丹生官省符神社など世界遺産(せかいいさん)とは1972年ユネスコ(UNESCO/フランスのパリにある国際連合教育科学文化機関本部)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage)に基づいて,人類共有の普遍的な遺産の保護支援を唱える国際条約で、2006年10月までの世界遺産条約の締約国は184ヵ国(日本は1992年に締約,125番目)。条約締約国に対しては世界遺産登録地の保護・保存・整備などを支援しています。
写真は大森代官所跡 写真は石見銀山の街並み
写真は銀山川 写真は石見銀山の街並み
写真は石見銀山の街並み 島根県の世界遺産、石見銀山(大森銀山) 写真は石見銀山の街並み
写真は羅漢寺の反り橋 写真は羅漢寺の正面石窟には501体の五百羅漢を安置 写真は石見銀山.龍源寺間歩銀坑道の跡1
写真は石見銀山.龍源寺間歩銀坑道の跡
・石見銀山.観光ルート1/みてあるきコース 1、大森代官所跡 2、新町 3、大森 4、銀山公園 5、銀山橋 6、下河原吹屋跡 7、豊栄神社 8、清水寺 9、山吹城登山口 10、新切間歩11、龍源寺間歩
・石見銀山.観光ルート2/みてあるきコース 1、大森代官所跡 2、新町 3、大森 4、銀山公園 5、銀山橋 6、下河原吹屋跡 7、豊栄神社 8、清水寺 9、山吹城登山口 10、新切間歩11、龍源寺間歩・町並み散策コース 1、大森観光センター 2、城上神社 3、石見銀山資料館 4、勝源寺 5、熊谷家 6、青山家 7、観世音寺 8、大田市町並み交流センター 9、八島家 10、旧河島家 11、柳原家 12、寺脇家 13、栄泉寺 14、三宅家 15、旧阿部家 16、金森家 17、松田家 18、羅漢寺 19、銀山公園
石見銀山 龍源寺間歩:江戸時代には開掘の長さが600mにも及ぶ大坑道で、良質の銀鉱石が沢山発掘されましたが、昭和18年(1943)に閉山され、228年の長き歴史に幕を下ろしました。現在は273mの地下坑道を見学できますが当時は600mの長さにも及びました。坑道作業は過酷を極め、粉塵の被害などで体調を崩す坑夫が続出したといわれます。30歳になると長寿の祝いをしたといわれていますので、いか程の過酷さか想像出来ます。その為に多くの坑夫を必要としたのでしょう。また、龍源寺間歩をはるかに凌ぐ大久保間歩(おおくぼまぶ)は現在未公開ですが、観光ルートに加われば石見銀山の中で一番大きな銀坑道となります。
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宿泊するなら温泉津へ.石見銀山と共に銀や生活物資の搬出搬入が頻繁に行なわれていた処で、1300年前から湧き続けている元湯泉薬湯もあります。日本海に面した古風な温泉街ですが2004年7月、温泉町としては初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
・観光ルートA=石見銀山みてあるきコース 1、大森代官所跡 2、新町 3、大森 4、銀山公園 5、銀山橋 6、下河原吹屋跡 7、豊栄神社 8、清水寺 9、山吹城登山口 10、新切間歩11、龍源寺間歩
・観光ルートB=町並み散策コース 1、大森観光センター 2、城上神社 3、石見銀山資料館 4、勝源寺 5、熊谷家 6、青山家 7、観世音寺 8、大田市町並み交流センター 9、八島家 10、旧河島家 11、柳原家 12、寺脇家 13、栄泉寺 14、三宅家 15、旧阿部家 16、金森家 17、松田家 18、羅漢寺 19、銀山公園
石見銀山の見所:銀山柵内=(石見銀鉱山の主要箇所に張りめぐらせて外部との遮断をした柵)・代官所跡・矢滝城跡・矢筈城跡・石見城跡・大森銀山重要伝統的建造物群保存地区(武家、商家、民家、街道、神社、寺、遺跡がある)・宮ノ前地区(銀精錬工房跡)・熊谷家住宅(重要文化財の商家)・羅漢寺(五百羅漢や三尊仏を安置)・鞆ヶ浦道(銀鉱石の積出港に至る街道)・温泉津沖泊道(温泉津と沖泊を結ぶ街道)・温泉津重要伝統的建造物群保存地区(温泉町で初、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定)
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地図リンク



日本には現在14件の世界遺産があります(2007年7月現在)。

1.白神山地 世界自然遺産 青森県、秋田県1993年12月登録
2.屋久島 世界自然遺産 鹿児島県1993年12月登録
3.法隆寺 世界文化遺産 法隆寺、法起寺/奈良県1993年12月登録
4.姫路城 世界文化遺産 兵庫県1993年12月登録
5.京都の文化財 世界文化遺産 京都府、滋賀県1994年12月登録/金閣寺、銀閣寺、東寺、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺、天龍寺、龍安寺、本願寺、二条城、上賀茂神社、下鴨神社
6.白川郷・五箇山 世界文化遺産 岐阜県、富山県1995年12月登録
7.原爆ドーム 世界文化遺産 広島県1996年12月登録
8.厳島神社 世界文化遺産 広島県1996年12月登録
9.奈良の文化財 世界文化遺産 奈良県1998年12月登録/春日大社、東大寺、興福寺、春日山原始林、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡
10.日光の社寺 世界文化遺産 栃木県1999年12月登録/東照宮、輪王寺、二荒山神社
11.沖縄琉球王国 世界文化遺産 沖縄県2000年12月登録/座喜味城跡、今帰仁城跡、勝連城跡、中城城跡 、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽
12.紀伊山地 世界文化遺産 2004年7月登録/吉野・大峯 、吉野山、吉野水分神社、金峯神社、金峯山寺、吉水神社、大峰山寺、熊野三山 、熊野本宮大社、速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺、那智大滝、那智原始林、補陀洛山寺 、高野山 、丹生都比売神社、金剛峯寺、慈尊院、丹生官省符神社など
13.知床 世界自然遺産 北海道2005年7月登録
14.石見銀山 世界文化遺産 島根県2007年7月登録
暫定リスト

現在の日本の暫定リスト「古都鎌倉の寺院・神社ほか」(神奈川県、平成4年)「彦根城」(滋賀県、平成4年)「平泉の文化遺産」(岩手県、平成13年)「平泉の文化遺産」(岩手県、平成13年)「富士山」(山梨、静岡県、平成19年)「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県、平成19年)「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」(奈良県、平成19年)「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県、平成19年)「小笠原諸島」(東京都、平成19年)「国立西洋美術館本館」(東京都、平成19年)



金閣寺(きんかくじ)=正しくは鹿苑寺(ろくおんじ)と呼びます。臨済宗相国寺派(りんざいしゅうしょうこくじは)の禅寺で、1994年に世界文化遺産登録されました。黄金色の輝きを放つ舎利殿(しゃりでん)=金閣は金閣寺と呼ばれ、お釈迦様の骨をまつった事で有名ですが、金閣を映し出す庭園一帯は極楽浄土(ごくらくじょうど)をこの世に再現したと言われ、理屈ぬきに拝観する者の目を奪います。鎌倉時代(1397)年に西園寺公常(さいおんじきんつね)の別荘地を足利3代将軍義満が譲り受けて、山荘北山殿として造られました。義満の死後、義満の法号鹿苑院殿から二字を取って鹿苑寺と命名。所在地:京都市北区金閣寺町1・参拝時間・午前9時〜午後5時・参拝志納料.大人.高校生\400.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前からバス10分.金閣寺前で下車 TEL075-461-0013
銀閣寺(ぎんかくじ)=正しくは東山慈照寺(ひがしやまじしゅうじ)と呼びます。銀閣寺は金閣寺と同く臨済宗相国寺派(りんざいしゅうしょうこくじは)の禅寺で、1994年に世界文化遺産登録されました。メインの舎利殿が銀閣で、(国宝)二層からなり、一層の心空殿は書院風、二層の観音閣は板壁に花頭窓をつけた唐様仏殿様式になっています。また東求堂(日本最古の書院造り)も国宝となっています。庭園は枯山水庭園と池泉回遊式を取り入れ、銀紗灘の白砂に混じる石英が月光を反射して観音殿(銀閣)を照らし出す工夫がされているそうです。文明14年(1482)室町幕府八代将軍足利義政公によって建立。金閣寺の足利義満公と同様に山荘.東山殿を造営しました。本堂には池大雅(いけのたいが)与謝蕪村(よさぶそん)の襖絵(ふすまえ)、書院襖絵は富岡鉄斎、弄清亭襖絵は奥田元宋(おくだげんそう)等があります。参拝時間・3/15〜11/30午前8時30分〜午後5時・12/1〜3/14午前9時〜午後4時30分.参拝志納料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前からバス10分.銀閣寺前で下車所在地:京都市左京区銀閣寺町2 TEL.075-771-5725
清水寺=1200余年前の奈良時代末期、宝亀9年(778)開創。延鎮上人が霊夢をうけて、音羽山麓に、千手観音像をまつったのが、清水寺の起こりとされます。その後、坂上田村麻呂公が仏殿、本堂を建立して十一面千手観音を安置。地蔵尊と毘沙門天はその後で造られました。音羽山麓には音羽の滝が湧出しており、金色水、延命水ともよばれ、「清水寺」の名称へとつながっています。清水寺の宗派は、北法相宗(きたほっそうしゅう)で、一寺一宗。中国の玄奘三蔵の弟子・慈恩大師が成(じょう)唯識論を基礎として開宗。参拝時間・午前6時〜午後6時.拝観料.大人.高校生\300.小中学生\200.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで10分.五条坂下車.徒歩10分.所在地:京都府京都市東山区清水
大雲山.龍安寺=1450年(宝徳2年)に室町幕府細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受けて開山。その後 応仁の乱で焼失しますが、勝元の子、政元が再興しました 。枯山水の庭として有名な石庭もその頃(1499)に作られたといわれています。1797年に発生した火災で方丈(ほうじょう)・仏殿・開山堂を焼失。現在の方丈(本堂)は西源院の方丈を移築したものです。方丈前に広がる枯山水の石庭は、広さ約75坪、三方を油土塀で囲み、東西30メートル、南北10メートルで長方形をしています。白砂の庭には大小15個の石を配置して、狭い空間に禅の思想を象徴的に表した庭と言われています。参拝時間・3/1〜11/30.午前8時〜午後5時.12/1〜2/末.午前8時30分〜午後4時30分.拝観料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで10分.立命館大学前下車.徒歩7分.所在地.京都市右京区龍安寺御陵下町
仁和寺は仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって基礎が築かれ、第59代宇多天皇が仁和4年(888年)に「仁和」の年号を寺号と定め、大内山仁和寺(おおうちやまにんなじ)として完成されました。鎌倉時代にかけて皇室の庇護を受けながら仁和寺は栄えましたが、応仁元年(1467)の応仁の乱によって仁和寺は焼失します。時は経て、寛永11年(1634年)徳川幕府3代将軍家光の時代になって再興されました。その後、皇室出身者が門跡を務めましたが慶応3年(1867年)で終わりました。仁和寺は平成6年(1994年)にユネスコの「世界遺産」に登録されました。拝観時間・午前9時〜午後4時..拝観料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで40分.所在地.京都府京都市右京区御室大内33
賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)=下鴨神社(しもがもじんじゃ)と呼ばれます。下鴨神社の創始は定かではありませんが、天武天皇6年(677年)が有力視されています。本殿は賀茂別雷神社の祖父神と母である賀茂建角身命(たけつみのみこと)、玉依媛(たまよりひめ)が祀られています。崇神天皇7年(BC90年)に社の瑞垣が造営され、垂仁天皇27年(BC2年)には御神宝が奉られたと云われています。また延暦13年(794年)桓武天皇の平安京遷都以降は皇城鎮護の神、賀茂皇大神宮と云われ、大同2年(807年)には伊勢神宮に次ぐ地位が与えられたとされます。賀茂御祖神社(下鴨神社)拝観時間・午前9時〜午後4時..拝観料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで下鴨神社前下車.所在地.京都市左京区下鴨泉川町59
元離宮.二条城は、慶長8年(1603年)、徳川将軍家康が、京都御所の守護と将軍上洛時の宿泊所として寛永3年(1626年)に完成したものです。豊臣秀吉の遺構、徳川家康の建築物、家光の絵画・彫刻などを見ることができます。当時、城の大半は、戦国時代末から江戸初期の間に築かれたもので、大小3000にも及ぶ城郭が乱立していましたが、大阪夏の陣(1615年)直後の徳川幕府による一国一城令によって、その数は約170城まで減少したそうです。また二条城の唐門(からもん)を入ると二の丸御殿の豪華絢爛な装飾が目に入りますが、表と裏のデザインを変えた欄間彫刻には、鸞鳥(らんちょう)・松・ボタン、雲、笹が彫られています。二条城の開城時間・午前8時45分時〜午後4時.拝観料.一般\600.中高校生\500.小学生\200.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで二条城前下車.所在地.京都市中京区二条通堀川西入ル二条城町541
本願寺(西本願寺)=浄土真宗本願寺派の本山・親鸞聖人が開かれた本願念仏唱える。天正19年(1591)に現在の七条堀川に寺基を移転しました。御影堂:重要文化財.寛永13年(1636)建立。東西48メートル、南北62メートル、高さ29メートル・阿弥陀堂(総御堂)重要文化財.宝暦10年(1760)再建。東西42メートル、南北45メートル、高さ25メートル。中央に本尊阿弥陀如来像・唐門(国宝)・対面所(鴻の間)国宝・飛雲閣(国宝)/時間・午前8時45分時〜午後4時.拝観料.なし年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで西本願寺前下車.所在地.京都市下京区堀川通花屋町下ル
教王護国寺 (きょうおうごこくじ)(東寺)=延暦13年(794年)に桓武天皇が平安京鎮護のために、建造したと伝えられている。東寺は延暦15年(796年)に創建、金堂は弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)に与えられたとされる。五重塔(国宝)は、 高さ57メートルの日本最高の塔で、寛永20(1643)年に、徳川家光が再建奉納。見所=講堂(重要文化財)最古の密教彫刻や金堂(国宝)、大師堂(国宝)、蓮花門(国宝)。時間・午前8時30分時〜午後17時30分.9/20〜16時30分まで.拝観料.大人\500.高校生\400.中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで東寺東門前下車.所在地.京都市南区九条町1
伏見稲荷大社=お稲荷さんの愛称で呼ばれている、伏見稲荷大社は全国3万社以上ある稲荷神社の総本社です。一般的には商売の神様として知られますが、稲荷の稲は五穀豊穣を表し農業の神を祀っています。稲荷神社は和銅四年(711)に秦公伊侶具が創建。年中無休.アクセス=京阪電車/伏見稲荷駅から徒歩5分・市バスで東寺東門前下車.所在地.京都府京都市伏見区深草藪之内町68
晴明神社=寛弘4年(1007年)に一条天皇の勅令により創建。陰陽師・安倍晴明を祀る神社で境内には魔除けの「晴明桔梗」が掲げられています。 安倍晴明公は天文暦学の道を極め、神道を思いのままに操る霊術を体術されます。天文陰陽博士として活躍し、朱雀帝から村上、冷泉、円融、花山、一条、の六代の天皇にも仕えられました。唐へ渡って、伯道仙人の神伝を受け継がれ、日本独特の陰陽道を確立。暦術、占法はこの時に創られたのです。一条帝に仕えておられた寛弘2年(西暦1005年)9月26日に85歳で逝去しました。年中無休.アクセス=JR「京都駅」バス約20分「一条戻り橋」下車/.所在地.京都府京都市上京区掘川通一条上ル晴明町806
石見銀山=(島根県大田市大森町にある為に大森銀山とも呼ばれる)2007年に世界遺産に登録されました。島根県大田市にある石見銀山龍源寺間歩(いわみぎんざんりゅうげんじまぶ)は正徳5年(1715)に開発されました。間歩(まぶ)とは坑道がある山の意味で、石見銀山といえばこの龍源寺間歩の場所を示します。江戸時代には開掘の長さが600mにも及ぶ大坑道で、良質の銀鉱石が沢山発掘されましたが、昭和18年(1943)に閉山され、228年の長き歴史に幕を下ろしました。当時の坑道作業は過酷を極め、粉塵の被害などで、体調を崩す坑夫が続出、多くの坑夫を必要としました。石見銀山が繁栄していた頃には、銀山七谷に坑夫たちの住居が13000軒もあり、唐人たちも住んでいた処から察すると、やはり坑夫の採掘がいかに大変であったか感じとれます。石見銀山の銀鉱石は16世紀?17世紀の間に大量に採掘され、小判などに加工されて毛利氏、大内氏、尼子氏、といった戦国大名や江戸幕府の財源として使われました。17世紀前半には石見銀山から採掘された銀の産出量は年間約1万貫(約38t)と推定され、世界の産出銀の約3分の1を占めていたそうです。当時、外国から見た石見地方はプラタレアス(銀)諸島と呼ばれ、日本銀を積むのが主要な目的の船をナウ・ダス・プラタス(銀船)、採掘された銀は佐摩村にあったことからサーマ銀=ソーマ銀と呼ばれ、朝鮮半島や中国〜ポルトガルやスペインなどにも広く知られていたようです。また、石見銀山初代奉行「大久保長安」の名前を付けたと言われる大久保間歩(おおくぼまぶ)は現在未公開ですが、いずれ観光ルートに入れば石見銀山の中で一番大きな銀坑道となります。大久保間歩は現在調査中との事。年中無休.アクセス=JR大田駅下車駅前バス停から約20分代官所前下車
宮島、厳島神社=世界遺産・日本三景である広島県の宮島、厳島神社は、推古天皇即位元年(593年)、佐伯鞍職により創建される。平清盛の時代には平家一族が崇拝、平家滅亡後も源氏一門に厚遇されたが、承元元年(1207年)と貞応2年(1223年)の度重なる火災で社殿は徐々に衰退してゆく。弘治元年(1555年)、毛利元就が厳島の合戦で勝利を収め、殿の復興に尽力を注いだ。厳島神社の大鳥居(重要文化財)は、楠の四脚造りで、平安時代から8代目で、明治8年7月に完成。総高約16.8m、主柱の高さ約13.4m、主柱のまわり9.9m、棟の長さ23.3m。海上にあるために、潮風や台風による影響を受け易いが、800年を経た今も健在。重量は約60t。主柱は樹齢500〜600年のクスノキの自然木で作られています。本殿(国宝)は元亀2年(1571年)、毛利元就によって改築されました。本殿には、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祭られています。年中無休.アクセス=宮島口よりフェリーで約10分。(宮島口〜宮島桟橋は、約15分間隔でJR連絡船と松大汽船が運行しています。運賃/片道大人170円 小人80円)宮島
広島県の世界遺産(世界文化遺産)/原爆ドーム=核兵器の廃絶と恒久平和の大切さを世界へ訴えるシンボルとして平成8年12月に世界文化遺産に登録。1945年8月6日、アメリカ軍が報復として原子爆弾(リトルボーイ)を広島市内に投下。産業奨励館(原爆ドーム)の上空で爆発しました。熱線、衝撃波、放射能などによって形ある物は一瞬で焦土となり、爆発から10秒たらずで、広島の町が壊滅。犠牲者(被爆者)は14万人とも15万人ともいわれてます。過去の惨劇を再び繰り返す事がないように、原爆ドームは人類に伝える「負の遺産」の意味をこめて世界文化遺産登録されました。 原爆ドームの位置としては元安川を挟んで南側に広島平和記念公園(平和公園)北側には広島市民球場があります。原爆ドーム所在地:広島県広島市中区大手町1丁目10.アクセス:JR広島駅(江波・宮島行路面電車)原爆ドーム前で下車。広島県の世界遺産(世界文化遺産)の問合せ.広島市役所緑化推進部 TEL:082-504-2390