開運の神社、縁結びの神社仏閣 出雲國神仏霊場と開運、幸運の壁紙付きスピリチュアルパワースポット
開運の神社仏閣 出雲國神仏霊場の壁紙
山陰地方、島根県の出雲市大社町にある出雲大社から出発して、鳥取県西伯郡大山町にある大山寺を経由、出発点の近くにある日御碕神社で終点となります。古事記や出雲風土記に登場する由緒ある神社仏閣を巡礼しますので御利益、おかげが、さぞある事でしょう。この中には縁結びや金運、開運、健康祈願、長寿ほか、武道、スポーツ上達の神様やスピリチュアル.パワースポットなどでも有名な場所が含まれていますのでチャレンジしてみてはいかがでしょう。早朝から頑張れば一日で全社寺を回れます。20社寺の巡拝を終えられた方には、有料で「満願之証」も授与しています。 

その他、金運神社として人気が高い宇倍神社金持神社は枠外として別の日におすすめします。宇倍神社はおかねに御縁があり、商売繁昌の神様として全国的に有名で、全国の神社のなかで宇倍神社が最初に、五円紙幣に載せられ、以後大正・昭和と数回に渡って五円・一円紙幣の図柄となりました。金持神社は何とも御利益がありそうな縁起の良い名前の神社ですが、弘仁元年(810年)に出雲国薗妙見宮の神官の次男が伊勢神宮参拝の道中、金持の地まで来るとお守り袋に入れてあった玉石が急に重くなり、宮造りをするようにとの神夢を見ます。このお告げに従って玉石を里の氏神として宮造りをしたのが由来で、その後、開運伝説が囁かれるようになったそうです。


     

開運の神社仏閣 出雲國神仏霊場の壁紙
出雲國最強の巡礼=縁結びや金運、開運、健康祈願、長寿ほか、武道、スポーツ上達の神様やスピリチュアル.パワースポットなどでも有名な場所
-開運の神社仏閣- 縁結び、金運、開運、健康、お祓い、祈願、長寿、武道.スポーツ上達の神様やスピリチュアル.パワースポットなどでも有名な場所を巡る

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出雲國神仏霊場、1番〜20番までの巡路
 1. 出雲大社 2. 鰐淵時 3. 一畑寺 4. 佐太神社 5. 月照寺 6. 賣布神社 7. 華蔵寺 8. 美保神社 9. 大神山神社奥宮 10. 大山寺 11. 清水寺 12. 雲樹寺 13. 平濱八幡宮 竹内神社 14. 八重垣神社 15. 熊野大社 16. 須我神社 17. 峰寺 18. 須佐神社 19. 長浜神社 20. 日御碕神社

・出雲國神仏霊場:巡礼コースはNO.1の出雲大社から順番に廻り、NO.20の日御碕神社が最後になりますがどこからスタートしてもかまいません。また大神山神社奥宮は大山中腹にあるため、積雪が多い冬季の11月上旬〜4月中旬までは「大神山神社奥宮:尾高本社〒689-3514鳥取県米子市尾高1025」のほうへ参拝することになります。
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開運の神社仏閣 出雲國神仏霊場の壁紙
1. 出雲大社壁紙
〒699−0701島根県出雲市
大社町杵築東195tel 0853−53−3100fax0853-53-2515
2. 鰐淵時壁紙
〒 691-0022 島根県出雲市別所町148tel 0853−66−0250 fax 0853-66-0300
3. 一畑寺壁紙
〒691-0074 島根県出雲市小境町 803番Tel:0853-67-0111 Fax: 0853−67-0115
4. 佐太神社壁紙
〒690-0331 島根県松江市鹿島町佐陀宮内73tel・fax 0852−82−0668
5. 月照寺壁紙
〒690−0875 島根県松江市外中原町179tel 0852−21−6056 fax 0852-25-8249
縁結びの神様、スピリチュアル.パワースポットで有名。江原啓之氏も参拝。神迎祭は全国の神々が集まる イロハもみじの紅葉や武蔵坊弁慶の鐘で知られ、紅葉は県内でも3本指に入る美 目のお薬師さま、心臓破りの1300の階段で人気、子供の成長を祈願 三殿並立の本殿は国の重要文化財で全国の神様が出雲大社の次に集まる社 松江藩主松平家菩提所で境内は国の指定史跡に指定。あじさいが美しい
6. 賣布神社壁紙
〒690−0005島根県松江市和多見町81tel 0852−21−4972 fax 0852-24-3698
7. 華蔵寺壁紙
〒690−1111 島根県松江市枕木町205tel・fax 0852−34−1241
8. 美保神社壁紙
〒690-1501 島根県松江市美保関町美保関608tel 0852-73-0506 fax0852-73-0317
9. 大神山神社奥宮壁紙
奥宮 〒689-3318 鳥取県西伯郡大山町大山(右写真)
tel 0859-52-2507

4月下旬〜11月上旬まではこちらへ
10. 大山寺壁紙
〒689−3318 鳥取県西伯郡大山町大山9tel 0859−52−2158 fax 0859-52-2728
松江の産土神(水戸祓戸の神)を祀る 枕木山頂上にあり、紅葉が美しく見晴しが良い 全国各地にあるえびす様の総本山で、人気と歴史がある 鳥取県の霊峰大山にあり、かつては修験者が鍛錬した 大神山神社奥宮の下にあり、なで牛、和合の岩がある
11. 清水寺壁紙
〒692-0033 島根県安来市清水町528tel 0854-22-2151 fax 0854−22−2107
12. 雲樹寺壁紙
〒 692-0056 島根県安来市清井町281tel 0854-22-2875 fax0854-27-0281
13. 平濱八幡宮 竹内神社壁紙
〒690-0025 島根県松江市八幡町303tel 0852-37-0435 fax0852-37-0470
14. 八重垣神社壁紙
〒690-0035 島根県松江市佐草町227tel 0852-21-1148 fax0852-22-9156
15. 熊野大社壁紙
〒 690−2104 島根県松江市八雲町熊野2451tel 0852−54−0087 fax 0852-54-0249
厄払い、精進料理、三重塔、日本庭園で知られる 四脚門、朝鮮鐘、石仏、があり、門構えは見事 長寿祈願、で全国的に有名。大祭には露店がギッシリ ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトと稲田姫の新居の地 出雲國一宮といわれ、出雲大社よりも歴史が古いとされる
16. 須我神社壁紙
〒699-1205 島根県雲南市大東町須賀260tel 0854-43-2906 fax 0854−43−5162
17. 峰寺壁紙
〒 690−2402 島根県雲南市三刀屋町給下1381tel 0854−45−2245 fax 0854-45-5105
18. 須佐神社壁紙
〒693-0503  島根県出雲市佐田町須佐730tel 0853−84−0605
19. 長浜神社壁紙
〒693-0041 島根県出雲市西園町4258tel 0853-28-0383 fax 0853-28-0081
20. 日御碕神社壁紙
〒699−0763 島根県出雲市大社町日御碕455 tel/fax 0853-54-5261
日本初の宮、和歌発祥の地として知られ、石碑がある 奥出雲の火祭り、精進料理でしられている 須佐之男命の御魂を鎮めた唯一の神社・スピリチュアル.パワースポットで有名な江原啓之氏が訪れる。 武道、スポーツ上達の神を祀り、妙見信仰をもつ 朱色で囲まれ、日の本の夜を守る命を受けた神社
9. 大神山神社奥宮:尾高本社 〒689-3514 鳥取県米子市尾高1025
tel 0859-52-2507
11月上旬〜4月中旬まではこちらへ


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出雲大社=島根県簸川郡大社町杵築東にある出雲大社の正式名称は「いずものおおやしろ」ですが、杵築(きずき)にある所から杵築大社とも呼ばれ、日本NO1のパワースポット、スピリチュアルスポット、縁結びの神様、縁結びの.お守り、結婚式場として全国に知られています。出雲大社は大黒様(だいこくさま)別名(大国主神:オオクニヌシノミコト)を祀り、国引き神話の中心人物として因幡の白ウサギを救ったことでも有名です。旧暦の10月11日から17日まで、全国の神々が出雲大社に集い、神議りをされるので、他の地方ではこの月を神無月といい、出雲地方では、神在月と呼びます。前日の10日の夜には海から来る神々を迎えるために稲佐の浜(いなさのはま)で神迎(かみむか)えの神事が行われ、神の使いである龍蛇(りゅうじゃ)を出雲大社本殿に納めます。神迎祭(かみむかえさい)は毎年、全国各地の神々がこの出雲の地に集まって、国の運営について会議をする為で、全国の神々は竜神(海蛇)の先導で海を渡り、この稲佐浜に到着されます。それをお迎えするのが神迎祭となるわけです。稲佐浜で「神迎神事」が終了後、出雲大社までの約、3Kmの道のりを、神々が乗り移った「ひもろぎ」を絹垣(きぬがき)で覆い、それを神職が左右からガードするような隊列を組んで出雲大社にお連れします。この時には周囲の街灯や照明などが消されて真っ暗になった中を行進されますのでフラッシュ撮影なども禁止されます。(携帯写真を写す方は難しいでしょう)。大社に着かれると、神楽殿において再度、神迎祭が執り行われ、これが終わると神々は東西の十九社に鎮まられます。順序としては(1,稲佐浜−2,神楽殿−3,東西十九社)神在祭(かみありさい)旧暦の10月11日から17日まで執り行われます。神在祭は稲佐浜で神迎祭が行われた翌日から始まり、その間に神事(幽業、かみごと)、人生諸般の事どもを神議り(かむはかり)にかけて決められるといわれています。神々の会議処は上宮(かみのみや、大社の西方800m)にあり、そこで神在祭を執り行います。神等去出祭(からさでさい)出雲地方では大社の神在祭が終わると、引き続いて佐太神社で旧暦:10月17から神在祭が始まります。そして最終日の26日には万九千社で一連の行事を締めくくり、神々たちはそれぞれの国に御帰りになります。神等去出祭は旧暦10月17日と26日に執り行いますが、17日は大社からお立ちになる日、26日は出雲の国を去られる日です。また日本最古の大社造りの神社としても有名で、正面の神楽殿には長さ8メートル重さ1.5トンの大しめ縄があります。ちなみに出雲大社境内の総檜造りの拝殿は1959年(昭和34)の再建、しめ縄は周囲4m、長さ8m、重さ1.5トン。出雲大社がいつごろ創建したかは定かではありませんが出雲国風土記には大国主命のために、神々が集まって宮を杵築(きず)いたという記録からして、8世紀期頃には、社殿が建てられていたと思われます。現在の本殿は延享元年(1744)造営されたもので、屋根は切妻造りで心御柱(しんのみはしら)を中心に田の字型に仕切られ、屋根の千木(ちぎ)は長さ7.8m、3本の勝男木(かつおぎ)は5.4mで、彰古館に詳細な見取り図などが展示されています。
鰐淵寺=島根県平田市別所町にある鰐淵寺(鰐渕寺)は、中国第二十五番・出雲第三番観音霊場で根本堂、仁王門、浮浪の滝、蔵王堂などがある。修験道場で武蔵坊弁慶が修業した地とも言われ、一夜のうちに大山寺から釣り鐘を持ち帰ったという伝説が残っている。また、鰐淵寺の紅葉は県内でも3本の指に入るとも言われるように、11月中旬になるとイロハモミジで山が真っ赤に燃えあがるので、カメラを片手の観光客たちが写真を競い合うように写している。気候によっては、色付いてから一週間以内に散ってしまう場合もあるので、見頃が難しい。
一畑薬師=島根県平田市の一畑山(標高300M)山頂にあり、平安時代寛平六年(894)に日本海の赤浦海中から漁師の与市が引き上げた薬師如来をご本尊として、目のやくし・子供の無事成長の仏様.家内安全、心願成就、交通安全などのご利益があるそうです。禅宗(臨済宗妙心寺派)の一畑薬師教団の総本山で、千三百段余りの石段がある参道でもおなじみ
佐太大神社(さだおおかみのやしろ)=島根県松江市鹿島町佐陀宮内・佐太御子社(さだみこのやしろ)とも云われ、出雲國二ノ宮と称された社。盛時には神領7千貫・神職224人を有し、年間七十余度祭禮が行われていたと云います。旧暦8月24日・25日の御座替祭(ござがえさい)は出雲神楽の源流とも云われています。昭和3年国幣小社に列せられ、本殿三社をはじめ、国・県の指定文化財も多数有しています。出雲地方では大社の神在祭が終わると、引き続いて佐太神社で旧暦:10月17から神在祭が始まります。そして最終日の26日には万九千社で一連の行事を締めくくり、神々たちはそれぞれの国に御帰りになります。
月照寺=島根県松江市外中原町179・月照寺は徳川家康の孫にあたる松江藩初代藩主松平直政公が寛文4年(約330年前)に生母月照院様を供養する為に、復興したのが始まりです。公の没後、二代綱隆公が境内に廟を造り、山号を歓喜山と改めて、9代の歴代藩主菩提寺として守ってきました。境内には、鐘桜・唐門、小泉八雲(ラフカディオハーン)の随筆に登場する巨大亀形の寿蔵碑、松平不昧公ゆかりの茶室大円庵、茶筌塚、茶の湯の井戸、力士雷電の碑、手形など、遺品・遺跡が数多く残っています。又、6月中旬に開花する紫陽花(あじさい)の花は圧巻で、あじさい寺としても有名です。月照寺の三大供養1茶せん供養4月24日・2花供養6月・3万灯会8月15日:初代・松平直政(なおまさ) 2代・松平綱隆(つなたか) 3代・松平綱近(つなちか) 4代・松平吉透(よしとお) 5代・松平宣維(のぶずみ) 6代・松平宗衍(むねのぶ) 7代・松平不昧(ふまい) 8代・松平斉恒(なりつね) 9代・松平斉斎(なりよし) 
賣布神社=島根県松江市和多見町・出雲国風土記に賣布社(めふのやしろ)、賣布神社(めふのかみやしろ)」と記された古社で、「めふ」とは、海藻や草木が生える意味があります。櫛八玉神が速秋津比賣神を生命の祖神としてお祀りになったことに始まり、後に樹種の神とされる相殿の三神が合わせ祀られたと伝えられています。諸々の禍いや過ちや気枯れ(穢れ)を祓い、人本来の生き方や生命力を甦らせるとされます。
華蔵寺=島根県松江市枕木町・臨済宗南禅寺派の末寺で、標高456mの枕木山の頂上に位置する。本尊は釈迦牟尼佛で、薬師堂には重要文化財の薬師如来像を奉安、仁王門の金剛力士像や石造りでは大きさ日本一といわれる不動明王像があり、亀山法皇のご病気を癒したという杉井の霊水も湧き出している。展望台から、大根島や弓ヶ浜、大山を遠望できます。
美保神社=島根県松江市美保関町美保関・右殿に大国主神の子の事代主神、左殿に大国主神の后の三穂津姫命を祀る。出雲国風土記には、大穴持命(大国主神)と奴奈宣波比売命(奴奈川姫命)の間に生まれた「御穂須須美命」が美保郷に坐すとの記述がある。8世紀に編纂された出雲国風土記の神社台帳に記載される古社である。美保神社は漁業・商業を始め広く生業の守護神として敬仰され、全国各地にあるゑびす社3385社の総本社として、水産・海運に携わる人々から親しまれてきた。本殿は「美保造(みほづくり)」と称し、大社造(たいしゃづくり)の本殿を左右二棟並立させ、木階を覆う向拝を片流れに二棟通しでつけるという特殊な様式として国の重要文化財に指定されている。12月3日の諸手船(もろたぶね)神事と、4月7日の青柴垣(あおふしがき)神事は知られている。
大神山神社奥宮(おおがみやまじんじゃおくのみや)=鳥取県西伯郡大山町大山/大神山神社奥宮は自然石を敷きつめた七百mの参道を登ると、国内最大の権現造りの社殿が見えてきます。幣殿の珍しい白檀の漆塗りや西日本最大級の神輿が有名です。同じく大山の麓に鎮座する大神山神社本社は、菖蒲園(ハナショウブ)や紫陽花(アジサイ)が美しい神社で、修験者が大山登り、そこに修験道場として簡単な遥拝所を設けるようになったのが始まりとされています。平安期になって厳冬の大山では祭儀が行われにくい為、大山の麓に冬宮・本社を造り、夏期は大山の奥宮、冬期には本社で祭儀が行われています。大神山神社(おおがみやまじんじゃ)通称 大山さん(奥宮)本社大穴牟遅神 奥宮 大己貴命(おおなむぢのみこと)いずれも大国主命の別名 奥宮末社・下山神社(しもやまじんじゃ) 渡辺昭政(わたなべてるまさ)命大山参拝の帰路に奇病にあい死去。そのとき下山に祀りたびたび霊験あり、下山善神と称し、奥宮の一段下がった地に祀る。国重要文化財:奥宮(本殿、拝殿、幣殿-ほんでん、はいでん、へいでん)大山下山神社(本殿、拝殿、幣殿-ほんでん、はいでん、へいでん)奥宮横手道石鳥居、銅鳥居 備前善光の短刀県文化財古伯耆物太刀。
大山寺=鳥取県西伯郡大山町大山・大山寺は奈良時代養老年間 約1300年前に出雲の国玉造りの人で俊方という名の方によって開山されました。俊方が鹿を追って大山に入り、射とめたところ、それは地蔵尊でした。俊方は罪を悔いて出家し、地蔵尊を大山寺に祀ったと云われています。大山寺本堂養老2年(718)金蓮上人によって創建され貞観7年(865)には慈覚大師によって天台宗となる。最盛期には3000人もの僧徒を擁し、山岳信仰の修験場として有名です。大山寺本堂隣りにある宝牛(撫で牛)触れるとご利益があるそうです。「中国観音霊場二十九番礼所・伯耆観音霊場十四、十五番礼所」見所:護摩堂〜下山観音堂〜大山寺〜大神山神社奥宮〜下山神社・・
清水寺=島根県安来市清水町・清水寺は1400年前に尊隆上人が開山した天台宗の寺院で、三重の塔は1859年に地方大工が三代をかけて完成させた山陰唯一の総けやき造りの木造多重塔。地上から棟までの高さ21.1メートル、宝珠の先端までは33.3メートルあり、信仰厚い1万人の浄財で建立されました。200円で上まで登ることが出来ますが、階段がとても狭くて急なので制限を受ける方が出てきそうだ。又、光明閣を入ると日本庭園があり、抹茶を味わう事が出来ます。公園内の旅館では、名物「精進料理」が楽しめ、お土産には「清水ようかん」が有名です。桜や紅葉の時期は美しい。
雲樹寺=島根県安来市清井町・中国観音霊場第27番札所、瑞塔山雲樹寺は1322年に孤峯覚明三光国師によって創建。後醍醐、御村上天皇の勅願寺として知られています。また境内には仏像やユニークな石仏などが多く点在するが、特に山門と鎮座する地蔵大菩薩は天候と共に刻々とその表情を変化させて存在感を与えてくれる。
竹内神社=島根県松江市八幡町・平濱八幡宮の創建年代は不詳、出雲国最古の八幡宮といわれている。京都の石清水八幡宮の別宮として天永2年(1111年)大政官の命を受け、江戸時代は一社一令の神社として特殊の地位にあった。 主祭神應神天皇は我国の文化及び産業を非常に発展させられたので、文教、殖産興業の守護神として広く信仰されている。 長寿であったことから、延命長寿、開運厄除、諸災消除、家内安全、商売繁盛などの御利益がある。
八重垣神社=島根県松江市佐草町227・八重垣神社は「ヤマタノオロチ」を退治したという素盞嗚尊(スサノオノミコト)と稲田姫命(イナタヒメノミコト)が新居を構えた地で、和歌の発祥の地でもあります。「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」という三十一文字和歌は日本で最初にこの地で詠まれたものです。この和歌からも察しがつくように八重垣神社は縁結びの神様、子宝の神様として有名で、境内の至る処にそれを表す木彫りのシンボルが安置されています。また、素盞鳴尊と稲田姫命ほか六神像が描かれた壁画は書籍などで有名ですが、神社建築史上類例のない壁画として、国家より重要文化財の指定を受け、宝物収蔵庫で公開しています。更に稲田姫命が八岐大蛇から逃れるために身を隠した夫婦杉や鏡代わりに使ったという姿見の池では、硬貨をのせた占い紙の沈む早さで、良縁や恋の行方を知る事ができるとあり、女性に人気のスポットです。
熊野大社=島根県八束郡八雲村熊野・旧称熊野坐神社、熊野大神宮、熊野天照太神宮・主祭神はヤマタノオロチを退治した素戔嗚尊(スサノオノミコト)。古来杵築大社(出雲大社)と並びて出雲の國の大社と遇された神社で一之宮の格式を持ち、出雲大社よりも古いといわれています。天文11年(1542)大内、尼子の決戦で熊野大社は焼失し詳細な資料は少ないですが、出雲大社では毎年11月23日「古伝新嘗祭」で、熊野大社から授けられた「ヒキリウス」と「ヒキリキネ」によってきり出された神聖な火で、すべての食事が作られることになっている為に、毎年10月15日、出雲大社神職が熊野大社を訪れて、神聖な火をおこす「ヒキリウス」と「ヒキリキネ」をお受けになります(鑚火祭)。その時に出雲大社神職が供える餅について、亀太夫(カメダユウ)といわれる熊野大社神職が、餅のできばえが悪いとか、去年より小さいとか、まくしたてます。出雲大社の神職は、ひたすら承り、新しい「ヒキリウス」「ヒキリキネ」が授けられる儀式ですが、この時の格式は熊野大社が上になります。これが当時のなごりと見る説もあるようです。永禄8年(1565)に毛利元就の命令で、吉川元春が新しい社殿を建築して現在に至る。
須我神社=島根県雲南市大東町須賀・須我神社は島根県大東町にある日本で最初に出来た宮になります。祭神:須佐之男命・奇稲田比売・清之湯山主三名狭漏彦八島野命・古事記(和銅5年・西暦712年)所載=肥河上で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した素盞鳴尊(スサノオノミコト)が、宮を建設する場所を求めて出雲国須賀においでになり、「吾此地に来まして我が心須賀須賀し」と仰せになって宮殿を建設するときに美しい雲が立ち騰がるのをご覧になり、「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」の御歌を御詠みになられました。これが出雲の国名の起源、また31文字(みそひともじ)の和歌発祥の地といわれています。更にここから2Kmほど先の八雲山入り口には、日本俳句の会による和歌が400mに渡って奉納されており、最後に須佐之男命・奇稲田比売が祀られた夫婦岩に辿り着きます
峰寺=島根県雲南市三刀屋町給下・斉明4年(西暦658年)、役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)が修行をなされ、弘法大師(こうぼうだいし)は真言密教の道場をここに開かれた。 盛期には全山42坊を整え、山伏(やまぶし)を統括したが戦国期に兵災にあい、堂宇古記類を焼失。永禄年間(1558〜69)当時の僧・快遍(かいへん)により再興。火祭り柴燈大護摩供養(さいとうだいごまくよう)」では、たくさんの参拝者で賑わう。 伊我山を借景にした庭園は、松平不昧公の作庭。
須佐神社=島根県出雲市佐田町・須佐神社は、須佐之男命(スサノオノミコト)の御魂を祀る唯一の神社で出雲風土記にも登場します。全国の須佐之男命を祀る神社の総本山的な位置にあります。本殿は出雲大社や熊野大社と同じ大社造りで島根県の文化財に指定。社名の変更や(須佐社、須佐神社、十三所大明神、大宮大明神、須佐大宮)社殿の再建などを経て、明治32年国幣小社にも指定。全国NO1パワースポットともいわれます。須佐神社七不思議=塩井(しおのい)神馬(しんば)相生の松(あいおいのまつ)陰無桜(かげなしざくら)落葉の槙(おちばのまき)星滑(ほしなめら)雨壷(あまつぼ)
長浜神社=島根県出雲市西園町・国土生成の神である八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)を祀る。創立は和銅三年(710)以前で、 妙見社(みょうけんしゃ)・妙見大社(みょうけんたいしゃ)などと呼ばれていた。豊臣秀吉の唐入り(朝鮮出兵)の際の百日祈願でも知られる。加藤清正(かとうきよまさ)や片桐且元(かたぎりかつもと)・福島正則といった武将の参拝があり、「武道・スポーツ上達の守り神」として広く知られている。
日御碕神社=島根県出雲市大社町日御碕・素盞嗚尊は、根の国にわたり熊成の峰に登ると「吾の神魂はこの柏葉の止る所に住まん」と仰せられ、柏の葉を投げ、占いをされた。すると柏の葉は風に舞い、やがて日御碕の現社地背後の「隠ヶ丘」に止った。これにより素盞嗚尊の神魂の鎮まる処として斎き祀ったといわれています。 日御碕神社は島根半島の西端に位置し、神の宮に素盞嗚尊、日沈宮に天照大御神をお祀りしている。 奇魂(くしみたま)と、和魂(にぎみたま)の御霊威をいただいた御神徳は「邪心を払い給う神」「厄除けの神」「産びの神」「縁結び、夫婦円満、家運繁栄の神」「交通安全の神」「殖産興業、安産の神」など。
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参考/世界遺産の神社仏閣
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世界遺産(せかいいさん)とは1972年ユネスコ(UNESCO/フランスのパリにある国際連合教育科学文化機関本部)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage)に基づいて,人類共有の普遍的な遺産の保護支援を唱える国際条約で、2006年10月までの世界遺産条約の締約国は184ヵ国(日本は1992年に締約,125番目)。条約締約国に対しては世界遺産登録地の保護・保存・整備などを支援しています。詳細はユネスコHP 世界遺産には世界文化遺産、世界自然遺産があります。日本の世界遺産/神社仏閣:京都の文化財.京都府、滋賀県1994年12月登録/金閣寺、銀閣寺、東寺、清水寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺、天龍寺、龍安寺、本願寺、二条城、上賀茂神社、下鴨神社奈良の文化財.奈良県1998年12月登録/春日大社、東大寺、興福寺、春日山原始林、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡日光の社寺.栃木県1999年12月登録/東照宮、輪王寺、二荒山神社原爆ドーム.広島県1996年12月登録厳島神社.広島県1996年12月登録白神山地.青森県、秋田県1993年12月登録屋久島.鹿児島県1993年12月登録知床.北海道2005年7月登録石見銀山.島根県2007年7月登録法隆寺.法隆寺、法起寺/奈良県1993年12月登録姫路城.兵庫県1993年12月登録白川郷・五箇山岐阜県、富山県1995年12月登録沖縄琉球王国.沖縄県2000年12月登録/座喜味城跡、今帰仁城跡、勝連城跡、中城城跡 、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽紀伊山地2004年7月登録/吉野・大峯 、吉野山、吉野水分神社、金峯神社、金峯山寺、吉水神社、大峰山寺、熊野三山 、熊野本宮大社、速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺、那智大滝、那智原始林、補陀洛山寺 、高野山 、丹生都比売神社、金剛峯寺、慈尊院、丹生官省符神社など
金閣寺(きんかくじ)=正しくは鹿苑寺(ろくおんじ)と呼びます。臨済宗相国寺派(りんざいしゅうしょうこくじは)の禅寺で、1994年に世界文化遺産登録されました。黄金色の輝きを放つ舎利殿(しゃりでん)=金閣は金閣寺と呼ばれ、お釈迦様の骨をまつった事で有名ですが、金閣を映し出す庭園一帯は極楽浄土(ごくらくじょうど)をこの世に再現したと言われ、理屈ぬきに拝観する者の目を奪います。鎌倉時代(1397)年に西園寺公常(さいおんじきんつね)の別荘地を足利3代将軍義満が譲り受けて、山荘北山殿として造られました。義満の死後、義満の法号鹿苑院殿から二字を取って鹿苑寺と命名。所在地:京都市北区金閣寺町1・参拝時間・午前9時〜午後5時・参拝志納料.大人.高校生\400.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前からバス10分.金閣寺前で下車 TEL075-461-0013
銀閣寺(ぎんかくじ)=正しくは東山慈照寺(ひがしやまじしゅうじ)と呼びます。銀閣寺は金閣寺と同く臨済宗相国寺派(りんざいしゅうしょうこくじは)の禅寺で、1994年に世界文化遺産登録されました。メインの舎利殿が銀閣で、(国宝)二層からなり、一層の心空殿は書院風、二層の観音閣は板壁に花頭窓をつけた唐様仏殿様式になっています。また東求堂(日本最古の書院造り)も国宝となっています。庭園は枯山水庭園と池泉回遊式を取り入れ、銀紗灘の白砂に混じる石英が月光を反射して観音殿(銀閣)を照らし出す工夫がされているそうです。文明14年(1482)室町幕府八代将軍足利義政公によって建立。金閣寺の足利義満公と同様に山荘.東山殿を造営しました。本堂には池大雅(いけのたいが)与謝蕪村(よさぶそん)の襖絵(ふすまえ)、書院襖絵は富岡鉄斎、弄清亭襖絵は奥田元宋(おくだげんそう)等があります。参拝時間・3/15〜11/30午前8時30分〜午後5時・12/1〜3/14午前9時〜午後4時30分.参拝志納料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前からバス10分.銀閣寺前で下車所在地:京都市左京区銀閣寺町2 TEL.075-771-5725
清水寺=1200余年前の奈良時代末期、宝亀9年(778)開創。延鎮上人が霊夢をうけて、音羽山麓に、千手観音像をまつったのが、清水寺の起こりとされます。その後、坂上田村麻呂公が仏殿、本堂を建立して十一面千手観音を安置。地蔵尊と毘沙門天はその後で造られました。音羽山麓には音羽の滝が湧出しており、金色水、延命水ともよばれ、「清水寺」の名称へとつながっています。清水寺の宗派は、北法相宗(きたほっそうしゅう)で、一寺一宗。中国の玄奘三蔵の弟子・慈恩大師が成(じょう)唯識論を基礎として開宗。参拝時間・午前6時〜午後6時.拝観料.大人.高校生\300.小中学生\200.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで10分.五条坂下車.徒歩10分.所在地:京都府京都市東山区清水
大雲山.龍安寺=1450年(宝徳2年)に室町幕府細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受けて開山。その後 応仁の乱で焼失しますが、勝元の子、政元が再興しました 。枯山水の庭として有名な石庭もその頃(1499)に作られたといわれています。1797年に発生した火災で方丈(ほうじょう)・仏殿・開山堂を焼失。現在の方丈(本堂)は西源院の方丈を移築したものです。方丈前に広がる枯山水の石庭は、広さ約75坪、三方を油土塀で囲み、東西30メートル、南北10メートルで長方形をしています。白砂の庭には大小15個の石を配置して、狭い空間に禅の思想を象徴的に表した庭と言われています。参拝時間・3/1〜11/30.午前8時〜午後5時.12/1〜2/末.午前8時30分〜午後4時30分.拝観料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで10分.立命館大学前下車.徒歩7分.所在地.京都市右京区龍安寺御陵下町
仁和寺は仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって基礎が築かれ、第59代宇多天皇が仁和4年(888年)に「仁和」の年号を寺号と定め、大内山仁和寺(おおうちやまにんなじ)として完成されました。鎌倉時代にかけて皇室の庇護を受けながら仁和寺は栄えましたが、応仁元年(1467)の応仁の乱によって仁和寺は焼失します。時は経て、寛永11年(1634年)徳川幕府3代将軍家光の時代になって再興されました。その後、皇室出身者が門跡を務めましたが慶応3年(1867年)で終わりました。仁和寺は平成6年(1994年)にユネスコの「世界遺産」に登録されました。拝観時間・午前9時〜午後4時..拝観料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで40分.所在地.京都府京都市右京区御室大内33
賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)=下鴨神社(しもがもじんじゃ)と呼ばれます。下鴨神社の創始は定かではありませんが、天武天皇6年(677年)が有力視されています。本殿は賀茂別雷神社の祖父神と母である賀茂建角身命(たけつみのみこと)、玉依媛(たまよりひめ)が祀られています。崇神天皇7年(BC90年)に社の瑞垣が造営され、垂仁天皇27年(BC2年)には御神宝が奉られたと云われています。また延暦13年(794年)桓武天皇の平安京遷都以降は皇城鎮護の神、賀茂皇大神宮と云われ、大同2年(807年)には伊勢神宮に次ぐ地位が与えられたとされます。賀茂御祖神社(下鴨神社)拝観時間・午前9時〜午後4時..拝観料.大人.高校生\500.小中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで下鴨神社前下車.所在地.京都市左京区下鴨泉川町59
元離宮.二条城は、慶長8年(1603年)、徳川将軍家康が、京都御所の守護と将軍上洛時の宿泊所として寛永3年(1626年)に完成したものです。豊臣秀吉の遺構、徳川家康の建築物、家光の絵画・彫刻などを見ることができます。当時、城の大半は、戦国時代末から江戸初期の間に築かれたもので、大小3000にも及ぶ城郭が乱立していましたが、大阪夏の陣(1615年)直後の徳川幕府による一国一城令によって、その数は約170城まで減少したそうです。また二条城の唐門(からもん)を入ると二の丸御殿の豪華絢爛な装飾が目に入りますが、表と裏のデザインを変えた欄間彫刻には、鸞鳥(らんちょう)・松・ボタン、雲、笹が彫られています。二条城の開城時間・午前8時45分時〜午後4時.拝観料.一般\600.中高校生\500.小学生\200.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで二条城前下車.所在地.京都市中京区二条通堀川西入ル二条城町541
本願寺(西本願寺)=浄土真宗本願寺派の本山・親鸞聖人が開かれた本願念仏唱える。天正19年(1591)に現在の七条堀川に寺基を移転しました。御影堂:重要文化財.寛永13年(1636)建立。東西48メートル、南北62メートル、高さ29メートル・阿弥陀堂(総御堂)重要文化財.宝暦10年(1760)再建。東西42メートル、南北45メートル、高さ25メートル。中央に本尊阿弥陀如来像・唐門(国宝)・対面所(鴻の間)国宝・飛雲閣(国宝)/時間・午前8時45分時〜午後4時.拝観料.なし年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで西本願寺前下車.所在地.京都市下京区堀川通花屋町下ル
教王護国寺 (きょうおうごこくじ)(東寺)=延暦13年(794年)に桓武天皇が平安京鎮護のために、建造したと伝えられている。東寺は延暦15年(796年)に創建、金堂は弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)に与えられたとされる。五重塔(国宝)は、 高さ57メートルの日本最高の塔で、寛永20(1643)年に、徳川家光が再建奉納。見所=講堂(重要文化財)最古の密教彫刻や金堂(国宝)、大師堂(国宝)、蓮花門(国宝)。時間・午前8時30分時〜午後17時30分.9/20〜16時30分まで.拝観料.大人\500.高校生\400.中学生\300.年中無休.アクセス=JR京都駅前から市バスで東寺東門前下車.所在地.京都市南区九条町1
宮島、厳島神社=世界遺産・日本三景である広島県の宮島、厳島神社は、推古天皇即位元年(593年)、佐伯鞍職により創建される。平清盛の時代には平家一族が崇拝、平家滅亡後も源氏一門に厚遇されたが、承元元年(1207年)と貞応2年(1223年)の度重なる火災で社殿は徐々に衰退してゆく。弘治元年(1555年)、毛利元就が厳島の合戦で勝利を収め、殿の復興に尽力を注いだ。厳島神社の大鳥居(重要文化財)は、楠の四脚造りで、平安時代から8代目で、明治8年7月に完成。総高約16.8m、主柱の高さ約13.4m、主柱のまわり9.9m、棟の長さ23.3m。海上にあるために、潮風や台風による影響を受け易いが、800年を経た今も健在。重量は約60t。主柱は樹齢500〜600年のクスノキの自然木で作られています。本殿(国宝)は元亀2年(1571年)、毛利元就によって改築されました。本殿には、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祭られています。年中無休.アクセス=宮島口よりフェリーで約10分。(宮島口〜宮島桟橋は、約15分間隔でJR連絡船と松大汽船が運行しています。運賃/片道大人170円 小人80円)宮島



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